日本語入力アプリとして人気の高い『Simeji』が、バージョン8.0でマテリアルデザインを採用し、見た目が大きく変わりました。今回は開発のバイドゥ株式会社を訪問し、デザインを担当した河本さんにお話を聞いてきました。
――今日はよろしくお願いします。
さっそくですが、マテリアルデザインが2014年のI/Oで発表され、今は普及が始まっているタイミングだと思います。とはいえまだ採用しているアプリは少ない現状で、1000万DLもあるアプリが採用に踏み切った目的はどういったものなのでしょうか?
河本: Simejiは昨年iOSでもリリースを始めたのですが、そちらとインターフェイスがかけ離れていることをチーム内で問題として認識していました。モバイル全体の傾向として、フラットデザインでシャープなラインだったり、タイポグラフィ的なニュートラルなデザインが主流となっている中で、そういう流れを取り入れつつ2つのインターフェイスを統合していくような考えがあり、その中でちょうどGoogleのガイドラインがあり、それを参考にしつつ独自のものを作りました。
――ということは、iOSのリリースが1つの契機で、UIを統一してくためだったということですか。
河本: そうですね。
――去年iOS版もリリースされましたが今後はそれと統一してやっていくということでしょうか。
河本: はい、iOS版の開発に3ヶ月間集中してしまったので、Android版とiOS版ではチーム内に温度差がありましたから、両方とも気持ちを揃えて開発していったほうが全体として良い方向に行くものだと判断しました。
――開発者としてもやりやすさ、意識の統一がし易いということですか?
河本: その通りです。別々の開発ニーズを上げていくとコストも倍になってしまうので、統一すれば半分のコストで済むというのもあります。
――iOSのフラットデザイン(的なもの)に合わせずにあえてマテリアルデザインを選んだ理由はありますか?
河本: これは、まったく同じデザインにすることはできないと考えていて、プラットフォームの特徴を考慮したいというのが1つあります。
Simejiはキーボードアプリなので色々なアプリの中で使用します。OSの環境は非常に大きな影響を与えるものなので、そこは非常に考慮しました。
――マテリアルデザインにしたことで、ユーザーからの反応はありましたか?
河本: 今回の改変で、良い・悪いすごく両極端な声があがりまして、それはすごく楽しかったです。その中で、マテリアルデザインについては全体的にポジティブな反応が多かったと思います。
ここはちょっと…というような反応としては、キーの配置変更といったものがありました。そのほか私達が心配していたことについては概ね大丈夫でしたが、フリック時の色がフラットになったことに対して、「前のグラデーションのほうが良かった」などのフィードバックを頂きましたが、私たちが懸念していた以上に心配するには至っていないようです。
8.0で、きせかえキーボードのデザインをデフォルトでは黒と白、そしてマテリアルの黒と白を用意しているのですが、ユーザーさんの動向としては白を使ってらっしゃる方が一番多いようです。マテリアルの黒と白ではなかったです。今までのスタイルに似ているもののほうが受け入れやすいのかな?という印象があります。オプションとしてマテリアルデザインがある、という感じですね。
――ユーザーとしても既存の慣れたものを使いたいというニーズは確かにあると思います。御社のような1000万ダウンロードを超えるようなアプリで一気にデザインを変えるというのは勇気がいることだったのではないでしょうか。
河本: そうですね、ただ逃げ道として私達には「きせかえ」というものがあります。もし気に入らなければ、前のものに戻せばいいという形です。従来通り「きせかえ」ボタンなども残しているので、そのあたりで対応してもらえればと思います。
左:Simeji 7.4.2 右:Simeji 8.0
全体的なデザインとともに、顔文字ボタンがコントロールパネルからキーボード内に移動している。
コントロールパネルを非表示にした場合でも顔文字が入力しやすい。普通の文字入力を始めると顔文字ボタンは小文字・濁点半濁点ボタンに変化する。
左:Simeji 7.4.2 右:Simeji 8.0
長押しで表示されるダイアログもデザインが変わっている。
――マテリアルデザインにする上で苦労した点、気をつけた点はありますか?
河本: 一番最初の苦労は、最初はみんな今回のデザイン変更にそこまでメリットを感じておらず、開発工数が非常に大きかった割に「これをやる意味があるのか」というハテナが1ヶ月以上続いていた事ですね。
――そこはどうやって説得していったのでしょうか?
河本: どういう…というよりは、降ってきたように急に「あ、やろうか」と言う感じで(笑)
デザインを起こして、図としてみせた時に「こっちのほうが使いやすい」とか、簡単なアプリを作って触ってみた時に「こんなふうになる」というのを感じて実演してみると違いがはっきりして。今までとスタイルは違うけど使いやすい、という実感が後押ししてくれました。
――マテリアルデザインの採用に合わせて、フリックの色も変更したと思うのですが、これを一緒に行った理由は?
河本: 8.0をデザインし始める時に、アプリのカラーパレットも一新したんですね。また、色の明度の使い方などもマテリアルデザインとその前で少し違いがあったので、新しいカラーパレットが必要になるのでは、と調整しているときにフリックの色もこれからはグラデーションではなくフラットの方が全体として調和が取れるかなと。
――なるほど、マテリアルデザインにする流れで、自然とフリックの色も変わったと。
河本: それにガイドラインも合ったので調整しやすかったと思います。
かなりたくさんの色がマテリアルデザインのカラーパレットとして提供されているので、そこからピックアップするのが最初の取っ掛かりでした。もちろんその後で調整はしていますが。
――そういったガイドラインが設定されていて、それに沿ってやっていくというのはデザイナーとしてはやりやすいものなのでしょうか。
河本: Simejiの場合はカラーパレットの中心となるのがあのキノコの茶色で、それがマテリアルデザインにはないんですね。なのでそのあたりの色や形に関しては、やはり自分たちのガイドラインをベースにしています。ただ、動きや基本的なアイコンといったところで使われている色は、私達のアプリ自体がユーティリティの分野に入ってくるので、そこはみんなが使っている環境のものを取り入れることのメリットを感じました。
――マテリアルデザインのアニメーションに関してはどう考えていますか?
河本: SimejiはAndroid1.6以上から対応しているので、マテリアルデザインのアニメーションのスペックやランニングコストを考えた時に1.6のユーザー、あるいは切っても2.1以上のユーザーを考えた時にスペック的に難しい、というところで現在リサーチを行っています。
――スペック的に間に合うようであれば取り入れていくことも?
河本: そうですね、インターフェースのあり方としては、実感的でおもしろいと思うので、自分たちとしてはトライしてみたいという面はあります。ただ、それが直接ユーザーのメリットになるかどうか、例えばそれが原因でフリーズしてしまうなどの大きなリスクも有ると思うので、かなり慎重に開発していく必要があると思っています。
――コントロールパネルのデザインも変更されていますが、あれもマテリアルデザインですか?
河本: うーん、私達はどちらかというと、ユーザー体験を「入力すること」に集中してほしいと思っています。なのでキーボード本来の役割にフォーカスしてもらえるように、それ以外の設定の部分については少し優先度を下げるようなビジュアルにしようと考え、いろいろな対比を落としました。
――今後の方針や予定というものはありますか?
河本: 記号やアイコンについては、デフォルトではもうそんなに変更していかないと思います。入力ソフトとしてもっとどんなことができるだろうかと、キーボードができるファンクションの部分でもっと充実していくことを目指したいと思います。
――これからマテリアルデザインを導入する開発者に向けて、何か一言もらえないでしょうか。
河本: 一から書き直すと開発コストが大きいと思われますが、Simejiの場合はそこまでたくさんコストをかけている印象はないんですね。要所となる、線を細くしてみたりだとか、色の対比を変えてみたりだとか、いきなりガラッと変わらなくてもちょっとした工夫でかなりマテリアルっぽく見える点はあると思うので、そうすることで開発コストも下げつつ対応していくことができるのではないでしょうか。
――最後に、Simejiの今後の展望などあれば教えていただけますか?
河本: マルチデバイス対応、ですかね。すでにSimeji WindowsやiPadといったものは出していますね。
マネタイズといったこともありますが、それも考えつつ、一番にユーザビリティを尊重して、そこでファンを失いたくないということは開発チーム全員が思っています。
――なるほど、やはりそれは重要ですよね。
今日はありがとうございました。