顔文字や着せ替えやスタンプなど、文字入力だけでなく多彩な機能が魅力の日本語文字入力アプリ『Simeji』が、文字入力アプリとしては初となるテレビCMの制作開始を発表しました。
今回はそんな『Simeji』のこれまでの軌跡と今後の展望、そして開発秘話を、モバイルプロダクトマネージャーである矢野りん氏にお聞きしました。
バイドゥ株式会社 モバイルプロダクト事業部 マネージャー 矢野りん
adamrockerこと足立昌彦氏と共に、日本語入力アプリ『Simeji』の開発に携わる。『Simeji』では主にデザインを担当。
ーーー本日はよろしくお願いします。
矢野:お願いします。
――まず、今回CMの制作を発表されましたが、そこに至るまで相当な道のりがあったと思います。その経緯やCMを打とうと決めた理由を聞かせてもらえますか?
矢野:はい。実は結構いろんなことをやってきたんですよ、私たち。Web系のプロモーションとかイベントとか。で、唯一やってないのがマスメディア広告でした。
ある程度ユーザーも増えてきて、さらにターゲットを拡大したいというところで、やはりマスメディア広告を使ってターゲットの拡大を狙いたい、というのが大きいですね。
ーーーなるほど。ターゲットの拡大を狙ってという事ですね。
矢野:「最近アンドロイドも普及率がちょっと鈍化しているよね」とか「iOSがまだ上がっているにも関わらず、ユーザーの成長率の伸びがイマイチだよね」とか、いろんな調査をして考えたのが、「IME取り換えられるのって、なかなか普及しないし認知されないよね」という、当然の結論に至って。じゃあそれをどう認知させるのかっていうと、やっぱりマスメディアを使うのが効果的なんじゃないかと。1回やってみて、どういう動きがあるのか見たいっていうのもあります。
ーーー確かに、IMEを変更できる事を知らない方もいますね。
矢野:IMEっていうとちょっとわかりにくいですけど、キーボードなどのツール系のアプリにもスポットライトを当てていきたいという思いもあります。ゲームだけじゃなく。
でもやっぱり社内でも議論があって、「ジャンルにスポット当たったら競合も目立つよね」みたいなのも当然ありました。でも「それでもいいんじゃない?みんなで盛り上がるぐらいの気持ちでやらないと、ちょっともうゲームばっかりになっちゃうよ」っていう。もっとスマホで出来る事はいっぱいあるよ?という話はありましたね。
ーーー確かにゲームのCMっていうのはすごくよく見かける一方で、ツール系のCMって結構少ないイメージがありますよね。ニュース系やセキュリティ系のアプリはありますけど…キーボードアプリではもしかしたら初ですか?
矢野:おそらく初だと思います。そこに切り込んでいくわけですね。
マネーフォワード系のものなんかもありますが、まだまだ少ない。みんなでツール系のアプリを盛り上げいくのもいいと思いますけどね。
ーーーツールのいいところは、1回使い出したらずっと使うという可能性が高いところだと思うんですよね。
矢野:うんうん、そうですよね。なので、CMなどでユーザーをバッと掴んでしまえば、そのあと継続してもらえる可能性が高いと思います。
ゲームはプレイ自体のライフサイクルが短いっていうのもあって、それはそれで大変だと思いますけど。
10月23日よりオンエア中のテレビCM
ーーーそういった意味では、Simeji自体のアプリが始まってから、もう相当経っていますよね。
矢野:相当経ってますね。
ーーー確か、2009年頃には既にありましよね。
矢野:そうですね。2010年にアイコンを変えたりとかしましたけど、存在自体は2008年からありました。
ーーーAndroidの日本語入力アプリとしては、いち早くリリースされていたと思いますが、開発の経緯みたいなところからお聞かせいただけますか?
矢野:ちょっとうろ覚えですけど…「Androidが日本に上陸するぞ!」っていう前夜の状態、まだそのときはドコモからもリリースする前でした。それでも、Googleが面白いことをするらしい、という事で開発者用の端末を手に入れて。そしたら日本語入力ができない、不便だねってなって。
ーーーいわゆるデブフォン(Developer Phone)ですよね。
矢野:そうですそうです、デブフォン。デブフォンを入手したら、日本語打てないね、打ちたいよねっていう話になり、ちょっと試しに作ったという感じですね。
ーーー最初は個人でやってたみたいな感じだったんですね。
矢野:そうですね。そのときアンドロイドの開発者で集まって、その少ないリソースを持ち寄っていろんな勉強会みたいなのがあって、今もある「Androidの会」というものなんですけど。
たまたま私は2008年のGoogle Developer Dayという、パシフィコ横浜で開催されたイベントに行ったんですよ。そこでハッカソンイベントが行われてて、それをきっかけに色々な方と出会い、「Androidだったらこんな事もできるね」みたいな感じで、あれこれ作っていましたね。
オクトバにある「Android Dev Phone 1」。スライド式でQWERTYキーボードを採用。
ーーーなるほど。私の記憶では『Simeji』はどんどんダウンロード数を伸ばしていったと思います。
矢野:はい、伸びましたね。
ーーーそうですよね。他に競合もなく、「日本語入力したいなら『Simeji』入れればいいよ」みたいな状況だったと思いますが、個人で開発・運営していた頃のダウンロード数はどれ位だったのでしょうか?
矢野:そうですね…100万ダウンロードぐらいでしたかね。100万ちょっとぐらい。
ーーーその当時100万ダウンロードって、相当な数字ですよね。
矢野:そうですね。
ーーーまだAndroidも今みたいに普及している状況じゃないわけじゃないですか。2011年から2012年の頃ですよね?
矢野:ええ。
ーーーようやくauが「Android au」というキャッチコピーを打ち出した頃ぐらいですよね。
その頃にもう100万ダウンロードを突破し、おそらくAndroidユーザーの大多数が『Simeji』を使っていたと思います。その後もずっと開発を進め、現時点でのダウンロード数は1,800万を超えていますが、何か転機のようなものはあったのでしょうか?
矢野:多分、300万ダウンロードいった辺りでおかしくなったんですよね。急に伸びたっていう感じがあって。ちょうどニコニコ超会議の後ですね。そのときになんとなく、これがキャズムを越えるということか、みたいなスパイクがあった気がしましたね。
ーーーそうなんですね。300万ダウンロードを超えた辺りから、また一気に伸びたと。
矢野:そうですね。多分スマホの普及率等もあったんだと思うんですけど、一旦そこでまたAndroidまたガーっと上がって、ですね。それぐらい普及すると、口コミ作用みたいなのが発動して、「私入れてるけどあなたも入れませんか?」みたいなことがあったんだと思います。
ーーーそこでまたさらに、一段スピードが上がったっていう感じですね。
矢野:多分300万から500万までが早かったのかな?ポイントとしては、300超えるっていうのがツール系の一つの目安になるのかなと、当時は思ってましたね。
初期の「Simeji」。2009年掲載のオクトバの記事より。
ーーー300万ダウンロード超えるツールアプリ自体が、そもそも相当ハードル高いというか…。
矢野:まあそうですよね。結構マーケティング費用はかかっちゃいますよね。自然流入だけだと限界があると思います。
ーーーその当時はもう、マーケティング活動はされていたと思いますが、プロモーションを打ったりもされていたのでしょうか?
矢野:そんなに打ってた感はないのですが、でもそこそこ、何もやってないわけではなかったです。他のメンバーが一生懸命やってくれていましたね。
ーーーちなみに、バイドゥさんと一緒になられたタイミングは、いつぐらいだったのでしょうか?
矢野:2011年ぐらいですね。『Simeji』のダウンロード数が200万から300万ぐらいの時。
ーーーそこから4年経った今、『Simeji』は1,800万ダウンロードを超えています。先ほど「300万から500万が早かった」という話しがありましたが、この間にも2段階程グンとダウンロード数が伸びている印象があります。例えば去年リリースされたiOS版『Simeji』もそういったところで寄与していたりするのでしょうか。
矢野:もちろんです。iOSでIMEを変更できるっていうのは大きかったですね。
ーーーちなみに、iOS版は現時点でどのぐらいのダウンロード数でしょうか?
矢野:8月で500万ダウンロードを達成しています。
ーーーなるほど。では、Android版も500万ダウンロードを達成した2013年頃からさらに、800万ダウンロードほど伸びているんですね。
矢野:そうなりますね。
ーーーiOS版の1年で500万ダウンロード達成というのはすごいですね。これ。
矢野:2ヵ月で200万ダウンロードぐらいいったので、出だしも良かったですね。
ーーーiOSでも文字入力アプリを選びたいというニーズがかなりあったという事でしょうか?
矢野:そうですね。それに工夫したいと思っている人も相当数いたんだなっていうところですよね。
元々Androidを使っていてiOSに切り替えたユーザーから、「AndroidでできるんだからiOSでもできるでしょ?」みたいな声もあり、Androidで培われたユースケースが引き継がれた感じはしました。
iOS向けにも提供中の「Simeji」
ーーー300万から6倍の1,800万ダウンロードまで伸ばすのには苦労もあったかと思いますが、特に「これが大変だった」というのはありますか?
矢野:いや、毎日大変ですよ。なんだろう、毎日大変だから、「これは大変だ」っていうものは思い浮かびませんね。
でもiOS版の開発は、時間がなくて苦労しました。Appleが結構サディスティックな感じでくるんで(笑)
「iOS 9出すよ」って言った3ヶ月後に出てくるので、「ええ!?」みたいな感じで(笑)
ーーー確かにそうですね(笑)
矢野:ベータ版からリリース版で「そんなに変わったの!?」みたいな事もあるので、今まで多くのiOS開発者が苦しんできたものがこういうことだったのかっていうのが分かりました。そういう意味では常に時間がないですね。
ーーーiOS 9への対応も大変だったのでしょうか?
矢野:いや、未だに対応中ですね。OS自体が不安定なところもあるので、そこが安定するまで謝り続けるというか。なぜかアプリベンダー側がユーザーに頼むみたいな状況が続いていますね。
うちもものすごい開発スピードが速いしそれなりの開発者がいますが、OS側がどんどんアップデートしてくるじゃないですか。アプリには審査があるので、1週間2週間遅れた状態になる。
その間に「◯◯が出来ない」っていうお叱りをいただき、みんなで謝り、みたいな。そういう状況なので、安定するまでどうしても時間がかかってしまうのが苦しいですね。
ーーーずっとAndroidで開発されてきていて、Androidでやっていくのにはもちろん慣れていたと思いますが、iOSならではの審査待ちやOSが先行してしまう問題などで苦労している、と。
矢野:そうですね。あの審査はちょっと独特というか、途中で審査員が入れ替わったの?みたいな事もあるんですよ。
いろいろ懇意に話をしていて、「これはこうだから」「あぁ、なるほど」みたいなやり取りをしていたのに、急に次の日に一番最初と同じ理由でリジェクトされたり。しょっちゅう担当が入れ替わっているみたいなんですよね、公平性を担保するために。
ーーー癒着しないように、みたいなやつですよね。
矢野:仕組みの特徴もあるので、結構時間かかる部分もあったりはしますね。
ーーーiOSデベロッパーあるあるですね。ただ『Simeji』の場合だとキーボードという基幹部分、OSに近い部分の機能なのでOSの影響を受けやすいポジションとも思います。
矢野:まさにそうですね。
ーーーOSの不安定さをもろに受けてしまう辛さがあるのかなと、お話しを聞いていて感じました。
矢野:そういう意味では、Androidの頃にも経験しました。Androidはさらにサディスティックな部分があるじゃないですか。どんどん書き換わるOSで、「新しいものが良いもの」っていう恐らくAndroid界隈の思想やポリシーがあって、それについて来れる開発者やユーザーだけが来ればいいよ、みたいなところがある。
その有様をAppleがiPhoneに適応しちゃったんですよね。そうなると、まだ全然ユーザー側がついて来られないのは当然なので、こちらとしては出来るだけユーザーがビックリしたり困ったりしないような運用にしようと思いながらも、Appleのスピードに付いて行かないとそれはそれで問題が発生してしまうので、そこはちょっと難しいところですね。
ーーー他には何かありましたか?
矢野:そうですね。ユーザーから不正な広告行為に対するご指摘をいただいたことが記憶に新しいです。「あなたのAndroidは古くなっています。」などと微妙ないいまわしでインストールに誘導するたぐいの広告でした。悪質な広告代理店が不正に効果をあげることが目的で、弊社に説明なく実施したとはいえユーザーに不快な思いをさせてしまったことは非常に残念です。すわ!ニセのセキュリティ警告を出す詐欺広告か?!と慌てたのですが、よく読むと「遅くなっています」とか微妙に巧妙なのがまた腹立たしいというか。
もちろん即日停止を要求し、取引停止の処分を行いました。こうした広告施策は、アプリ・サービスを成長させながら運用するうえで立ち向かわねばならない問題ですね。デザインだけやっていた頃とは違う課題ですが、それも自分の責任として腹をくくって取り組んでいます。
ーーー先ほどiOS版のお話をして頂きましたが、AndroidユーザーとiOSユーザーの「ここが違うな」と思うところはありますか?
矢野:どうでしょうね、でもiOSユーザーの方が新機能とか面白機能に対してはすごく素直に「わぁ面白い」っていう反応が返ってきますね。多分若年層のユーザーが多いのかもしれないです。
例えば今回、キーボードタップ時に音が出る「キー音」を付けてみたんですよ。「こんなのうるさいわ!」とか「マナーモードで使ってるから必要ない!」とか突っ込まれるかもなぁ、なんて思ったりもしましたが、意外とウケが良くて。
「こういう音が出る」とか「こういうのを弾いてみた」っていう動画を上げてくれるユーザーもいたりして。ユーザーさんならではの楽しみ方をしてくれたり、結構ノリがいい感じですね。
ーーー意外とウケて動画までアップしてくれた、と。
矢野:常に賛否両論ですけど、面白がってくれている人はすごく面白いね、すごいねって言ってくれますね。
ーーー個人的に気になったのは、そのキー音はどういうきっかけで生れたんでしょうか?どういう発想で?
矢野:技術的には可能なので昔からすごくやりたくて。これで三線の音とか入れたら、沖縄民謡とかできるよねみたいなことを言っていたんですけど、ずっとそれどころじゃない状況が続いてて。最近になってようやく、開発の方が「やってみようか」って気になってくれました。
ーーーこれには楽譜とかってあるんですか?
矢野:楽譜?
ーーー文字を入力すると音が出るわけですよね。であれば、「あ」を打ってその次「き」を打って…みたいなのを続けると曲になって、その文字そのものが楽譜になるんじゃないかと思いまして。
矢野:TwitterではPR担当が呪文みたいな文字の羅列をとうこうして、「実はこれ曲になっています!」みたいな事をやってくれていますね。
ーーーそれも面白いですね。
矢野:そうそう。意外な言葉がメロディーっぽくなったり。ユーザーも色々な動画をアップしてくれていますね。
ーーー新しい機能で言うと、最近ではスタンプ機能も追加されていますが、こちらの反響はいかがでしょうか?
矢野:スタンプは、結構二極化していますね。「こんなの使わないよ」っていう人と「なんか面白いよね」って言ってくれる人と。
ンテンツが増える速度も想像以上に速く、我々もちゃんと運用管理していますが、どうしても著作権の問題になるネタが増えてしまいます。ポップアップなどで注意喚起を行い、適宜管理して発見次第下げる努力もしていますが難しいところです。
それでも、オリジナルの絵を投稿してくれるユーザーの方もそれなりにいて、我々としてもリジナルをもっとやりたいなっていう気持ちにさせるにはどういったUIやUXが良いのか?っていうのは今、一生懸命考えています。
自分でちょっと工夫したものをどんどん投稿してもらって、「人に『面白い』って言ってもらうのって面白い」という事を体感できる場所にするために開発したので、そういう風に持っていけるよう試行錯誤中ですね。
ーーースタンプもいろんな広がり方がありますよね。
矢野:そうですね。最近は各SNSでも画像の投稿がしやすくなっているので、そういうところで気軽に使ってもらえたらなと思います。
自分で描いたイラストなどをスタンプとして使用できる。
ーーーここまで『Simeji』開発にきっかけから直近の新機能まで、一通りいろいろと教えて頂きましたが、これからの『Simeji』について質問です。
普通のキーボードとは違う形で“面白い”ことをやっていこう、という流れがあるのは当然かと思いますが、その上でこれからどういった形で『Simeji』を発展させていくのか、その展望があればお聞かせください。
矢野:そうですね。やっぱり私自身は、今いい感じの自己表現のツールになっていく方向を突き詰めていきたいなと思っているんですよね。スタンプを作って公開するっていうのもそうですし。
各プラットフォームごとに別れた「SNSの世界」よりもうちょっと上のレイヤーで、もしかしたら『Simeji』っていう文化圏みたいなのができるのであれば、それを作りたいなとも思います。『Simeji』ユーザーならではの自己表現を、どこのSNSでもできるよ、みたいな。そういう『Simeji』文化みたいなのを、みんなで共有できるものを作りたいとは思っています。
ーーー確かにスタンプも自己表現の一つで、写真を撮ったり絵を描いたりして送れるとか、そういったオリジナルな表現を含めてさらに拡張していくという事ですね。
矢野:そうです。ユーザー側が工夫できることが増えていくようなこと、道具や場所を提供するみたいな形でやっていきたいなとは思いますね。
ーーー顔文字もかなり初期の頃から強化されていますが、顔文字も一つの表現方法ですよね。現在は文字があって、絵があって、音があって。じゃあ、次は何をしよう?という感じでしょうか。
矢野:そうですねー。一旦そういう道具が揃ったら、それをもっと良くしていくことはできると思うので、そこを丁寧にやっていきたいですね。スタンプ機能でも「使い方が分かりづらい」という意見があるのも把握しているので、改善の余地は死ぬほどあります。それをどれだけ短い期間でできるのかっていう。
ニーズがあるうちに改善したいっていうのもありますし、やっぱり時間との勝負ですよね、そうなると。
ーーー最後に、オクトバ読者に向けて何か一言頂ければと思いますが…いつもこれ難しいと言われるんですよね。
矢野:レビューは優しく。「ばかですか?」とか書かれたら堪えます…。
ーーー分かりました。じゃあ、レビューは優しくしてください、ということで。
矢野:もっと強くならなくちゃ、って思いますね。
ーーーぜひ読者の皆さんには心温まるようなレビューを書いていただけると…
矢野:助かります。10回に2回は誉めていただきたいと思います。
ーーーじゃあそんなところで。本日はありがとうございました!